2008年06月04日

立ちはだかる「モラルの壁」

●『沖縄タイムス』教育14面/1999年4月20日(火曜日・朝刊)

立ちはだかる「モラルの壁」
・・・子どもの心理解する姿勢を・・・


 発行部数が四百万部とも五百万部ともいわれている『少年ジャンプ』の編集方針は「冒険・勝利・友情」だそうです。
 今やクラシックとなりつつある手塚治虫や白土三平などの作品も、発売当日、予約客の行列ができたゲームソフト『ファイナル・ファンタジー8』も、ほとんどこの三つのコンセプトに終始しているようです。
 これまで、日本中のかなりの数の少年少女が、親の目を盗むように『ジャンプ』をむさぼり読み、プレステのギアを握り締めては、彼らの「夢」を育てていったのではないでしょうか。
 さて、少年少女が「自分自身の夢の萌(ほう)芽」を育てようとすると、必ず、周囲の大人、例えば学校や塾の先生や親たちの持つ「モラルの壁」に立ち向かわなくてはならない時が訪れます。
 一方、いろんな失敗と苦労を重ねてきた人生の先輩たちは「時代が違うよ」という切り返しと闘いながら、目前の新しい感性たちと対じしなくてはならない時が来るのです。
 テレビゲームはその「モラルの壁」が立ちはだかりやすいものの一つと言えるでしょう。しかし、今日のベストセラーになる商品というのは、少年少女の背後に存在する親御さんの厳しい審査に合格することが一つの条件になっています。だから、作る側が結構そこのあたりに気を使っていて、前述のソフトの主人公であるスコールとリノアのランデブーは物足りないぐらいに「プラトニック」だし、登場する大人たちも、スコールたちにしばしば結構な訓話を展開します。
 時には「血を流さずに平和が守れるのか」などという問答も出てきます。また、グラフィックも、バック・ミュージックも、シナリオも、十分に鑑賞に値するものと私自身は評価しています。
 確かに、テレビゲームは「時間消費型レジャー」と言われ、われわれから膨大な時間を奪う魔物ではあります。しかし、子どもにとって有害といえば、その「時間を奪う」という点と「視力を奪う」という二点だけではないか、と最近は思います。
 「その二点が大問題だ」とおしかりを受けそうですが、であれば、「宿題を終えてから」とか「一日一時間限り」などの「ルール作り」をすればいいわけです。もちろん、本にも良書と悪書があるように、ゲームソフトにも選択の目が必要ではありますが。
 私たち大人は、子どもの食わず嫌いをしかる前に、まず、自らが食わず嫌いをやめるべきでしょう。子どもたちが夢中になるのは、その対象に相応の魅力があるか、そうでなければ「そこに気持ちを置くしかなかった理由」があるかのどちらかでしょう。
 そこをちゃんと押さえることが、彼らと会話をする土俵にのる第一歩ではないかと思うのです。
 土俵にのるということは、権威を喪失してしまった大人が、子どもに「迎合」するということではありません。子どもの価値観や行動の訳を理解してあげるということです。コミュニケーションのスタートは、相手を理解しようとする姿勢を持つことだと思います。
 その上で、子どもたちの生命に危険を及ぼす可能性があることについては、今度は「時代が違う」とか「ださい」とかいう「子どもたちの脅迫」にひるむことなく、「正しいこと」を体を張ってでも説いていかなくてはならないと思うのです。

※もともと、4人チームのリレーエッセーの企画で一人6回で終了予定だったのですが、「次のシリーズの開始までに、少しブランクができたので、あと一回書きませんか」とおまけの機会をいただきました。
 私は、いつか、DSの英語ソフトを開発してみたいと夢見ています(笑)。


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■「不便」という名の最高のプレゼント(1998年7月7日)
■豊かな時代に生きる子どもたち(1998年9月1日)
■親の役割、先生の役割(1998年10月12日)
■アフター5に勉強?(1998年12月15日)
■一斉授業と個別指導(1999年3月2日)
■立ちはだかる「モラルの壁」(1999年4月20日)

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Posted by 4時からの学校/チャンプ進学塾 at 11:53│Comments(0)教育